1月ほど前の話題ではありますが。
雨もほぼやみかけ、夜桜見物へと出かける。
今年は、福井城趾から見物を。最近、夜間ライトアップされみごたえある風景となっている。
お堀、石垣、桜と見事である。水面に桜が映り、そして橋の欄干を通水面を桜の花びらが覆う。
福井のお城は江戸時代初めに城主・結城秀康により建てられたものである。秀康は徳川家康の次男で、豊臣秀吉の養子となり”秀””康”の名前となったとの伝えあり。その後、千葉・結城家に入り結城秀康となる。関ヶ原の合戦にて功上げ越前領主となる。時代はすぎ城はなくなり内堀と石垣、そして天守跡地が後生に残ることとなった。天守跡地には福井県庁、福井県議会議事堂、福井県警察本部が置かれている。明治、大正の激動、そして昭和にはいり米軍爆撃機による空襲、大震災と続く中、内堀と石垣は福井の豪商・加藤尚氏の所有となる。加藤尚氏没後、遺族より福井県に寄進となり現在に至っている。加藤氏より寄進されることが新聞記事となった時、城跡が個人所有であったことに大きな驚きを感じたことを覚えている。
城跡に県庁があるところは、福井県だけ?らしい。この状況は地元であまり評判はよくない。他では城跡は公園や文化施設等となっていることが多いようだ。かなり以前のことだが、他県のお客さんが来られた時に「いやー福井はすごいですな、いまだにお城に殿様と門番がおりますな」と感想述べられたことがある。(ウマイ!)
福井県庁は昭和の終わりに立て替えられている、その時に移転するかどうかの議論はもちろんあったらしいが、今も城跡にある。今も城趾を公園に!他県のように観光や市民が集える場に!という声もある。
さて、福井城趾はJR福井駅に近い。福井駅西口(エキマエと呼ばれる)は、街中活性化対応がずっと以前より県、市により進められている。ずっと以前から続いており終わる気配はない。福井城趾の県の施設を移転するとした場合、このエキマエ地域への影響は大きいだろう。県庁、議会、県警あわせて数千人が勤務している福井城趾。城趾の周りには農協、漁協、市役所、中央郵便局、銀行、保険、証券・・・とそろう。県庁が移動するとその周りに影響出て、まあそりゃエキマエは商売あがったりか。こうして街中活性化はまだまだ続く。
はてさて、そうすると県庁や議会、県警を福井城趾から動かすことは難しい。
城趾に県庁あるなんて他にない特徴なんだからそれは活かさなきゃ。城趾横には中央公園があり市役所が続く。この一帯を全部公園にすることを提案したい。建物は高層可して公園敷地を確保する。この一帯公園はお堀西側の橋を通じて城趾へと続く。城趾から南側の橋へ抜けるとそりゃいい散歩コースだ。南側の中央郵便局あたりまで一帯公園とすることで、歩く楽しみができそうだ。春の桜はご覧の通り。そうすれば、県庁の1Fをオープンスペースにして”開かれた行政施設””散歩コースにある県庁、県警、議事堂”となって県民、市民との接点も増えるだろう。
南側の橋を抜けると、県と市がつくったいつも空いてる地下駐車場がある。駐車場に車を置いて、街中を歩く人を増やすことができれば、エキマエのほうにも人が歩いて楽しい街づくりを考え実行する商店主が現れて県や市の活性化対応が終わる日も来るかもしれない。
足羽側沿いの桜もまた観る、これまたいい。
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